鉄の未来、町工場の未来
日本の鉄~全国の"鉄の町"を知ろう

ハガネのまち

島根県安来(やすぎ)市・奥出雲町(おくいずもちょう)

遠く古(いにしえ)の時から、現代(げんだい)まで、日本の製鉄(せいてつ)を語るときに安来(やすぎ)を含(ふく)む出雲(いずも)地方を抜(ぬ)いては語れません。

わが国で行われてきた砂鉄(さてつ)を原料として、木炭を燃料(ねんりょう)とした製鉄法「たたら製鉄法」の歴史(れきし)は6世紀(せいき)頃(ころ)までさかのぼります。

良質(りょうしつ)の砂鉄と豊富(ほうふ)な森林資源(しげん)に恵(めぐ)まれたこの地では、製鉄が盛(さか)んに行われました。

野だたらなどの古代製鉄の跡(あと)が、今でも数多く残っています。

戦国時代には富田城(とだじょう)を居城(きょじょう)とする尼子氏(あまごし)が勢力(せいりょく)を伸(の)ばし山陰(さんいん)の経済(けいざい)の中心となり、江戸(えど)時代には、和鉄や蔵米(くらまい)の集散地として栄(さか)えました。

その後も安来の製鉄技術(ぎじゅつ)は、種々の改良を行い、近世の後半には、わが国の鉄生産量の80%以上を占(し)めたとされます。

しかし、明治の中頃になると、近代製鉄法の普及(ふきゅう)によって、次第に衰退(すいたい)。

これに危機(きき)を感じた地元のたたら経営者(けいえいしゃ)などにより、1899年(明治32年)、安来港の近くに近代的商業機能(きのう)を備(そな)えた雲伯鉄鋼(うんぱくてっこう)合資会社(ごうしがいしゃ)が設立(せつりつ)されました。

その後、組織(そしき)や名称(めいしょう)を変え近代化を重ねて1世紀の間、その伝統(でんとう)と技術は一貫(いっかん)して引き継(つ)がれ、安来はハガネの町と呼(よ)ばれるようになりました。

この会社が、現在(げんざい)の日立金属(ひたちきんぞく)安来工場です。

1977年(昭和52年)には、安来の隣町(となりまち)の奥出雲町(おくいずもちょう)に、文化庁(ぶんかちょう)の後援(こうえん)を得(え)て日本美術刀剣保存協会(にほんびじゅつとうけんほぞんきょうかい)により日刀保(にっとうほ)たたらが建設(けんせつ)されました。

日本で唯一(ゆいいつ)、日本刀を作るための玉鋼(たまはがね)を「たたら吹(ぶ)き製法」で作っています。

また、現在の安来市内には、最高級特殊鋼(とくしゅこう) 「ヤスキハガネ」 の優(すぐ)れた特性(とくせい)を生かした高機能(きのう)加工品を製造する工場もあり、伝統を未来につないでいます。

これらの安来の、そして日本の製鉄の歴史を残すために、数々の資料(しりょう)とともに1993年(平成5年)4月和鋼博物館(わこうはくぶつかん)が開館しました。

戦国時代には尼子(あまご)氏が本拠(ほんきょ)とした
月山富田城(がっさんとだじょう)から見た安来市内

 

【参考にしよう】

和鋼博物館(わこうはくぶつかん)
http://www.wakou-museum.gr.jp/#home

安来市(やすぎし)
https://www.city.yasugi.shimane.jp/

山陰中央新報(さんいんちゅうおうしんぽう)
https://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1493244880974/index.html

日立金属(ひたちきんぞく)
https://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/nnp0302.htm